home

鍼灸院治療内容

鍼灸院脈の見方

鍼灸院経絡治療とは

鍼灸院お勧めすぐ効くツボ

子宝相談

ゆっくり堂鍼灸院お勧め気血水ダイエット

宝鍼箱

鍼灸教科書


ゆっくり堂鍼灸院はこんなお店です

↓姉妹サイト↓
健康BOX
やまちゃん通信
やまちゃん放送局


経絡鍼灸 教科書 トップコーナ へ

三 、暑 論 c313 

「南北経驗醫方大成による病証論」 初学者用 経絡鍼灸教科書


「暑 論」の分類考察をするに当たって。

井上恵理先生の言葉は、私のような経絡鍼灸の初級者にとつて、

鍼灸師の理論と技術よりも、「経絡鍼灸師の心得」の方に心動かされます。

初めに、私、山口一誠が学ばなければならない「経絡鍼灸師の心得」を

井上恵理先生の言葉を参考にして、纏めてみます。

@ 多くの古典を知り、
  現代の臨床を統括する経絡理論構成を整理し、
  自分のものにする事が経絡治療家としての発達に成ります。

A 勉学と技の習得に王道はありませんが、
  最短のは道は、
  東洋はり医学会と会員先生の全ての書籍を学習し、
  指導教官の手技を体で真似る事だと私は思います。

B 自分の身体に害をあたえるほど頭を悩ましてはいけない。

C 気楽に考えてやると脉も解りやすい。
  
D 古典を学ぶのは風寒暑湿燥火の区別をする為に、勉強をするのです。

E 全てを一つの中に見るのが証であり、治療である。


※ 詳しくは本文:
  「南北経驗醫方大成による病証論 井上恵理 先生 講義録」
   発行:東洋はり医学会、をお読みください。


☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°♪♪


三 、暑 論 c313     P43上段1行目 〜 より。

 「南北経驗醫方大成 三 、暑 論 」の原文
 
暑之為氣、在天為熱、在地為火、在人臓為心、是以暑之中人、先著於心、
凡中之者、身熱頭痛、煩渇口燥、甚則昏不知人、手足微冷、或吐、或瀉、或喘、或満。

入肝則眩暈頑痺。入脾則昏睡不覚。入肺則喘満痿躄。入腎則消渇。

其脉、多沈伏。一時昏中者、切不可便與冷水、並寝湿地。

古法。當以熱湯、先注及用布衣、浸熱湯熨、臍下及気海次々以湯淋布上、令暖氣透徹臍腹。俟其蘇生進以、黄連香?散、五冷散、若體虚者、冷香飲子。霍乱吐瀉来復丹、二気丹。夾食則、用胃苓湯 。若挟風則、其脉沈而浮。證有?搦、當於黄連香?散内、加羌活、煎服。却不可作驚癇、治之。多到不救 。此方及巖氏累用之、而有験者。

若旅途中、卒然暈倒、急扶在陰涼所、掬道上熱土、於臍上撥開作竅、人尿於其中以待求熱湯、並生薑或大蒜、各一塊嚼爛以湯送下、立醒。


ーーーーーーーーーーーー
井上恵理 先生の訳:

暑の気たる事、天に在りては、熱たり、地に在りては火たり、人の臓に在りては心たり、これを以って暑 の人に中(あた)る事、まず心につく、およそ、これに中る者は、身熱し頭痛し、煩渇して、口渇く、甚だしき時は昏(こん)して人を知らず、手足微冷(びれい)し、或いは吐し、或いは瀉し、或いは喘し、或いは満す。

肝に入るときは、眩暈、頑痺(ぐわんひ)す。 脾に入るときは、昏睡して覚めず。 肺に入るときは、 喘満痿躄(いへき)す。 腎に入るときは、消渇す。

暑さの脉は、沈にして伏、沈というのは浮かべたなく沈めてある事です。
伏と言うの沈めても無く沈以下になり脉がほとんど無くなった所にある脉です。
一時に昏中する者とは、急に暑邪で倒れた者でし切りに喉が渇くが、すぐに冷水を与えてはいけないし、湿った所に寝かしてはいけない。

古い〔治療〕法に、熱湯をもって拭いてやる、布切れを熱湯に浸して臍下、気海、丹田あたりを温めてや る事です。その布上に湯を注いで腹に湿気が透るようにする事です。

其の蘇生するをもって進むるに、黄連香?散、五冷散、を用いよ。
若し體虚の者は、冷香飲子。霍乱吐瀉せば来復丹、二気丹、食を夾む時は、胃苓湯を用ゆ。若し風を挟むる時は、其の脉、沈にして浮。症に畜搦あり、当に黄連香?散の内に羌活を加えて煎じ服すべし。却って驚癇となして、これを治すべからず。
多くは救わざる事を得ず。此の方、及巖氏が、累(しき)りに之を用いて験ある者に在り。

若し旅の途中に、卒然として暈倒せは、急にう扶(たす)けて陰涼の所に在らしめ、道上の熱土を掬(すくっ)て臍上に置いて撥開(はっかい)して竅をなし、其の中に人をして尿せしめ以て熱湯、並びに生薑(しょうが)、或いは大蒜(ニンニク)各々一塊を嚼爛(しゃらん)し湯を以って送り下せば立ち所に醒む。

     P43上段1行目 〜 より。

井上恵理 先生の解説と言葉の意味:

 暑と言うのは暑さの事です、―これは暑の気というものです。
天にあっては、熱という。天の気を暑気、暑の気は熱になる。地に在りては火という、暖房をとる火です。天に在る熱は太陽です。陽に在っては熱であり、陰に在っては人工的、火です。火は熱を出し、熱は火生じる。
こうゆう風に天地、陰陽の交流がなる訳です。

心は熱を出す事により機能するのです。〔生きている人間に〕体温があるという事は心に熱が有るからで。

熱を受けると、まず心に入る訳で、これに中ると身体が熱して頭痛する。
煩渇して、これは頻(しき)りに喉が渇く事。― 喉が渇く時には、水をのみたがりる。― 口渇く:口が渇く時には、水をのみたがらず、口が粘くて乾いて声が枯れるので、水ですすぎたくなる。

暑が深く入って身体を傷る時には、人事不省(ふせい)になる。
そして手足が冷え、物を吐いたり、下痢、胸息れ、喘というのは喘息と、胸息れの時もいう。
喘息は息がぜれつく。或いは満す。これは張る事です。胸が張るようになる、
お腹が張る、事。心満といえば、胸が張る事です。

 肝に入るれば、眩暈、頑痺する。
眩暈は、めまい。頑痺は、頑固な治りにくい麻痺。
頑痺の「痺」は、固くなる、使えなくなる。機能が減退する意味です。
例えば感覚的麻痺も痺であり、筋肉が固くなるのも痺です。

脾に入ると、昏とんとして眠り続ける。昏睡状態になる。

肺に入る時は、喘満し、胸が満ちたける様になり、ゼイゼイと呼吸がぜれつく。
痿躄(いへき)とは、身体の手足が効かなくなる事です。

腎に入るときは、消渇す。渇きの病で喉が渇く事です。

暑さの脉は、沈にして伏、沈というのは浮かべてなく沈めてある事です。
伏と言うのは、沈めても無く沈以下になり脉がほとんど無くなった所にある脉です。

一時に昏中する者とは、急に暑邪で倒れた者でし切りに喉が渇くが、すぐに冷水を与えてはいけないし、湿った所に寝かしてはいけない。

古い〔治療〕法に、熱湯をもって拭いてやる、布切れを熱湯に浸して臍下、気海、丹田あたりを温めてやる事です。その布上に湯を注いで腹に湿気が透るようにする事です。
目が覚めたら、黄連香?散、五冷散、の漢方薬を飲ませる。霍乱で吐けば来復丹、二気丹、食事が食べられる時は、胃苓湯。
もし風が暑に入いると、その脉は、沈になったり浮になったりする。
チク搦の意味、これは引きつけ、手が震え目がひっくり返る。この時は、黄連香?散の内に羌活を加えて煎じて飲ませる。
〔注意〕チク搦を起こしているのに、子供では驚風、大人では驚癇(てんかん)と間違えて治療すると救うことが出来ない。

この治療は巖氏という人が用いて知られている。

旅に出て薬もない時、にわかに暑を受けて倒れた時は涼しい所に連れて行って寝かせる。道端の土を持ってきて臍の上にのせ中を開け、その中に小便をする。
その間に湯を沸かし生姜とニンニクを噛み砕いて湯で飲ませると立ち所に醒める。

      P43下段8行目〜P45上段終行目 より。

〈自然と体〉より。 

―原文:暑之為氣、― 先生の訳:暑の気たる事、
― 先生の解説:
暑と言うのは暑さの事です、―これは暑の気というものです。―
〔人間も小宇宙の一つとして〕―天、地、自然の中に生きている為に、
この影響を受けています。

〈全体的見方〉より。

―原文:在天為熱、在地為火、
―先生の訳:天に在りては、熱たり、地に在りては火たり、
―先生の解説:
天にあっては、熱という。天の気を暑気、暑の気は熱になる。地に在りては火という、暖房をとる火です。天に在る熱は太陽です。陽に在っては熱であり、陰に在っては人工的、火です。火は熱を出し、熱は火を生じる。
こうゆう風に天地、陰陽の交流がなる訳です。

【全てを一つの中に見るのが証であり、治療である。】

【陰陽虚実のいずれの組み合わせを「本証」と判断するかは、より効果的に気血の調整が出来るかで診分ける。】

こうゆう事を陰とか陽とか、熱とか火とか個別に分けて考えると東洋の医学は解らなくなります。
これは陰虚だ、陽実だといっても実は同じなのです。
陰が虚しているから、陽の実が解るんです。
陽の方を主として取るべきか、陰の方を主として取るべきか、という事は、治療の結果が、どちらが早く、その証を調和することが出来るかによって、陰か陽かと決める訳です。
全てを一つの中に見るのが証であり、治療であるので、そこだけで、どちらか決める事は出来ない訳です。
 例えば、人の前は陰である。後ろは陽である。
こう決めて全ての背中に出るのは陽の病気であり、
前に出るのは陰の病気であると決めることは出来ない訳です。

【食べ物の好み(五味)変動経絡の虚実の診分け方】

五味において酸を好む者は肝であると言えるが、肝の実証か、虚証かかは問題である。生理的にいって、病気の場合は、自分の身体に悪いものを食べたがる。
身体の調子が良い時には、身体の不足しているものを食べたがるということで、
酸の味で診断する事は、身体が虚か実か、生理的なものか、病気的なものか
で決めなければいけないのです。
酸が好きだから、肝虚だとは決められないのです。

〈心と熱〉より。

―原文:在人臓為心、
―先生の訳:人の臓に在りては心たり、
―先生の解説:― 心は熱を出す事により機能するのです。

〔生きている人間に〕体温があるという事は心に熱が有るからです。
この熱が下がっていけば死んでしまいます。 ―
〔熱が高すぎても低すぎても〕極端であれば、心を傷る事になる。―

〈心の症状〉より。

―原文:
是以暑之中人、先著於心、凡中之者、身熱頭痛、煩渇口燥、甚則昏不知人、
手足微冷、或吐、或瀉、或喘、或満。

―先生の訳:
これを以って暑の人に中(あた)る事、まず心につく、およそ、これに中る者は、身熱し頭痛し、煩渇して、口渇く、甚だしき時は昏(こん)して人を知らず、手足微冷(びれい)し、或いは吐し、或いは瀉し、或いは喘し、或いは満す。

―先生の解説:
熱を受けると、まず心に入る訳で、これに中ると身体が熱して頭痛する。
煩渇して、これは頻(しき)りに喉が渇く事。
― 喉が渇く時には、水をのみたがりる。
― 口渇く:口が渇く時には、水をのみたがらず、
口が粘くて乾いて声が枯れるので、水ですすぎたくなる。
暑が深く入って身体を傷る時には、人事不省(ふせい)になる。
そして手足が冷え、物を吐いたり、下痢、胸息れ、喘というのは喘息を思うが、胸息れの時もいう。
喘息は息がぜれつく。
喘渇は乾いて胸がおかしくなる。
咽渇、喘咽は飲むことによりおかしくなる。
或いは満す。これは張る事です。胸が張るようになる、お腹が張る、事。
心満といえば、胸が張る事です。

唯満ス、といえば腹満で腹が張る。 心満といえば、胸が張る。
この、心満とか、心虚、心痛、これは心臓ではなく、胸がという風にとればよい。

〈熱と知恵〉より。

【多くの古典を知り、現代の臨床を統括する経絡理論構成を整理し、自分のものにする事が経絡治療家としての発達に成ります。】

【勉学と技の習得に王道はありませんが、最短のは道は、東洋はり医学会と会員先生の全ての書籍を学習し、指導教官の手技を体で真似る事だと私は思います。】

―暑の邪は、まず心に着くが、他の臓に入る事もある。
熱は全てに影響を与える。
熱気焼却(ねつきしょうきゃく)という仏経の言葉がある。
不動様は後ろに魁(かい)を背負っている。
あれは知恵の炎で、知恵が多くあれば、
全ての事から守る事ができると言う事で不動教の教えを形にしたものです。
全身、真っ黒で何者にも染まらず、
知恵の炎(ほのお)で形においても心においても迷わないという事です。

所謂、熱というものは、
人間の身体にあっては知恵でありどんな者にも迷わされない。
治療もそうです。
多くのことを知り整理し、自分のものにする事が治療の発達です。―

 経絡治療には、
秘伝、口伝、はないのです。
誰でも出来るようになるのが経絡治療です。
その為に一つの理論構成をする訳です。

〈 肝脾肺腎と書邪 〉より。   P45下段1行目〜 より。

―原文: 
入肝則眩暈頑痺。入脾則昏睡不覚。入肺則喘満痿躄。入腎則消渇。

―先生の訳:
肝に入るときは、眩暈、頑痺(ぐわんひ)す。 脾に入るときは、昏睡して覚めず。 肺に入るときは、喘満痿躄(いへき)す。 腎に入るときは、消渇す。

―先生の解説と言葉の意味:
肝に入るれば、眩暈、頑痺する。眩暈は、めまい。
頑痺は、頑固な治りにくい麻痺。
頑痺の「痺」は、固くなる、使えなくなる。機能が減退する意味です。
例えば感覚的麻痺も痺であり、筋肉が固くなるのも痺です。
脾に入ると、昏とんとして眠り続ける。昏睡状態になる。
肺に入る時は、喘満し、胸が満ちたける様になり、ゼイゼイと呼吸がぜれつく。
痿躄(いへき)とは、身体の手足が効かなくなる事です。
腎に入るときは、消渇す。渇きの病で喉が渇く事です。


〈脉と治療法〉より。    P45下段13行目〜 より。

―原文:
其脉、多沈伏。一時昏中者、切不可便與冷水、並寝湿地。
古法。當以熱湯、先注及用布衣、浸熱湯熨、臍下及気海次々以湯淋布上、
令暖氣透徹臍腹。

―先生の訳:
其の脉、多くは沈伏する。
一時に昏中する者は、切に冷水を与うべからず、並びに湿地に寝さしめず。
古法。
当に熱湯を以って、先ず注ぐ、及び布衣を用いて熱湯に浸し臍下、
及び気海に熨すべし、次々に湯を以って、
布上に注ぎ暖気して臍腹に浸透せしるべし。

―先生の解説:
暑さの脉は、沈にして伏、沈というのは浮かべてなく沈めてある事です。
伏と言うのは、沈めても無く沈以下になり脉がほとんど無くなった所にある脉です。
一時に昏中する者とは、急に暑邪で倒れた者でし切りに喉が渇くが、すぐに冷水を与えてはいけないし、湿った所に寝かしてはいけない。

古い〔治療〕法に、熱湯をもって拭いてやる、
布切れを熱湯に浸して臍下、気海、丹田あたりを温めてやる事です。
その布上に湯を注いで腹に湿気が透るようにする事です。

【沈脉はというのは、浮かてなく沈めてある脉状の事です。】

【伏脉は、沈めても無く沈脉以下になり脉がほとんど無くなった所にある脉です。】

〈薬の用い方〉より。    P46上段7行目〜 より。

―原文:
俟其蘇生進以、黄連香?散、五冷散、若體虚者、冷香飲子。霍乱吐瀉来復丹、二気丹。夾食則、用胃苓湯 若挟風則、其脉沈而浮。證有?搦、當於黄連香?散内、加羌活、煎服。却不可作驚癇、治之。多到不救。此方及巖氏累用之、而有験者。

―先生の訳:
其の蘇生するをもって進むるに、黄連香?散、五冷散、を用いよ。若し體虚の者は、冷香飲子。霍乱吐瀉せば来復丹、二気丹、食を夾む時は、胃苓湯を用ゆ。若し風を挟むる時は、其の脉、沈にして浮。症に? あり、当に黄連香?散の内に羌活を加えて煎じ服すべし。却って驚癇となして、これを治すべからず。
多くは救わざる事を得ず。

此の方、及巖氏が、累(しき)りに之を用いて験ある者に在り。

―先生の解説:
目が覚めたら、黄連香?散、五冷散、の漢方薬を飲ませる。霍乱で吐けば来復丹、二気丹、食事が食べられる時は、胃苓湯。
もし風が暑に入いると、その脉は、沈になったり浮になったりする。
?搦の意味、これは引きつけ、手が震え目がひっくり返る。この時は、黄連香?散の内に羌活を加えて煎 じて飲ませる。
〔注意〕?搦を起こしているのに、子供では驚風、大人では驚癇(てんかん)と間違えて治療すると救うことが出来ない。

この治療は巖氏という人が用いて知られている。

【先生の訳:若し風を挟むる時は、其の脉、沈にして浮。】

【先生の解説:もし風が暑に入いると、その脉は、沈になったり浮になったりする】


〈 旅で暑邪の時 〉より。  P46下段1行目〜 より。

―原文:
若旅途中、卒然暈倒、急扶在陰涼所、掬道上熱土、於臍上撥開作竅、人尿於其中以待求熱湯、並生薑或大蒜、各一塊嚼爛以湯送下、立醒。

―先生の訳:
若し旅の途中に、卒然として暈倒せは、急にう扶(たす)けて陰涼の所に在らしめ、道上の熱土を掬(すくっ)て臍上に置いて撥開(はっかい)して竅をなし、其の中に人をして尿せしめ以て熱湯、並びに生薑(しょうが)、或いは大蒜(ニンニク)各々一塊を嚼爛(しゃらん)し湯を以って送り下せば立ち所に醒む。

―先生の解説:
旅に出て薬もない時、にわかに暑を受けて倒れた時は涼しい所に連れて行って寝かせる。道端の土を持ってきて臍の上にのせ中を開け、その中に小便をする。その間に湯を沸かし生姜とニンニクを噛み砕いて湯で飲ませると立ち所に醒める。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


1939年(昭和十四年)経絡鍼灸の理論と法則が世界で始めて確立された。

〈 鍼の治療 〉より。  P46下段12行目〜 より。

この大成論は湯液家(とうえきか)が書いたので風寒暑湿燥火という邪が論じられているが、鍼の方では、寒暑湿の治療法や理論がなく、

例えば中暑は霍乱(かくらん)、下痢は泄瀉(せしゃ)痢病(りびょう)嘔吐、喘(ぜり)つくは喘息、喘急と別の形で扱います。

「鍼灸遡(さっかい)集」の本に、

霍乱に二症あり、飲食に破れ、風寒暑湿に感じてなる。

@湿霍乱は、腹痛、疼痛、吐瀉、下瀉、手肢、厥冷し六脉沈んでたよる事なす。

A乾霍乱は、最治し難く死することついに有り。

【鍼の方では、寒暑湿の治療法や理論がない、が。】

 【中暑の鍼治療法として・・・】

〔刺絡法:委中穴に深く刺して血を出す対象は、手足厥冷し脉沈伏にして吐く事も、下す事も出来ず腹が渋る様に痛い病症の時に委中穴を用いる。〕

〔陰陵泉・承山穴に深く刺す対象は、霍乱で腓返(こむらがえ)りの症状の時。〕

〔幽門穴を深く刺す対象は、胸中、満悶して吐かんと発する症状の時。〕

〔尺沢・手三里・関衝穴に浅く刺す対象は、吐瀉する症状の時。〕

〔承筋・?揚穴に深く刺す対象は、腓返り(転筋)で、足の腱が引っ張って動かない症状の時。〕

【暑邪の特徴】

暑を受けた邪というものは、熱があって吐いて、下して、目を引きつける症状です。

【中暑と霍乱を考えるー山口一誠の考察です。】
〔中暑とは、暑が蔵に中(あ)った症状を指している。?〕
〔霍乱に二症あり、飲食に破れ、風寒暑湿に感じてなる。
@湿霍乱は、腹痛、疼痛、吐瀉、下瀉、手肢、厥冷し六脉沈んでたよる事なす。
A乾霍乱は、最治し難く死することついに有り。これ本文より。〕


〈 暑邪に対する適応と不適応 〉より。         P47より。

〔鍼灸治療の暑邪の適応者:脉が沈んでいるのは治療して治る。〕

熱が出たり、下したりして、脉が沈んでいるのは治療して治る。というのは暑の邪は沈伏、脉が沈むのが正常である。

〔鍼灸治療の暑邪の不適応者:脉が浮大の脉状の時は危険です。〕

これは暑邪だけでなく、
下痢の時、脉が沈の時は治療して良いが、
浮いる時は治療したらダメです。

〈 邪を受ける身体 〉より。  P47より。

【経絡治療家の心得を井上経理先生が話されています。】

―〔患者の〕治療をしていると〔治療家自身がその事で〕頭を捻ったり、苦しんだりします。― 私も最初は悩んだんです。
往診して患者を診ていると、どう成ったか考え過ぎて眠れない事が随分ありました。
―〔自分の〕身体に害をあたえるほど頭を悩ましてはいけない。
〔これも、治療家が人に成るための心得です。〕― 
気楽に考えてやると脉も解りやすい。

〈 暑邪と風邪の違い 〉より。  P47より。

暑邪(しょじゃ)を受けた時は、手足が厥冷し、脉沈で熱がある。
風邪(ふうじゃ)の時は、熱が出ると同時に脉浮大になる。
例えば、熱がある。吐き気がする。下しがある。手足厥冷する。脉沈である。
〔この時〕暑邪かな、風邪かな、ということで比較して診るんです。
そして、
暑邪なら治るから治療する。
風邪なら危険だからと言う事になる。
そういう区別をする為に、こうゆう勉強をする訳です。
我々が臨床を診る上に於いて、臨床に役に立つように考える診る事である。
そうでないと勉強が空論に終わってしまう訳です。

〈 熱の治療 〉より。  P48より。

熱は体にでるが、手足には熱が回らず冷たくなる。
子供の病気の時、冷やす事を考えるが間違いである。足を温める事を考えなくてはいけない。
足を温めると熱が下がり、目が引き付ける事も絶対にないのです。

―熱を取る為、冷やすのではなく、

気持ちが良いから冷やすのです。

これは治療法ではなく看護法なのです。―

温める事は治療法になる。 

気血を調和する。

上に昇っている熱を下げる事ができる。 

内臓疾患があると冷え性になる。

それは炎症が腹の方にあるので

、腹の方に血液が集まって行き、

足の方に血液が回らないから冷えるんで、

反対に足の方を温めると血液が流れてくるんです。



 ※ 詳しくは本文:
  「南北経驗醫方大成による病証論 井上恵理 先生 講義録」
   発行:東洋はり医学会、をお読みください。

経絡鍼灸 教科書 トップコーナ へ



2008年4月8日、ゆっくり堂 鍼灸院を開設しました。

漢方医学には三つの治療方法があります。
ゆっくり堂は、20年の漢方薬の指導に加えて、鍼灸治療の
二つの健康療法でお客様の健康にに奉仕します。

ゆっくり堂 鍼灸院の治療内容は
こちらをクリックしてください。


漢方薬のご相談はこちらから
ゆっくり堂・薬の山口にて承ります。


最近、ブログしています。
ゆっくり堂の健康通心です。

おもしろ健康情報が無料で聞けます。
やまちゃん放送局

* * * ゆっくり堂 鍼灸院 * * * 
鍼灸師 山口一誠

やまちゃんのプロフィール

1952年12月生まれ、
腰の病気に罹患後、建設業から
薬業界に入る。
現在、薬種商と して、
ゆっくり堂 薬の山口を開業中
別室に、鍼灸師として
ゆっくり堂 鍼灸院を開業中

 メール yukkurido@ybb.ne.jp
 電話 0985-50-5174
 住所 宮崎市天満2-4-26
営業日

営業時間
土曜日、日曜日も
営業します。
午前9時〜午後7時
定休日 火曜日です。
あなたの都合の良い日時をお電話ください。0985-50-5174
yukkurido@ybb.ne.jpまでメールください
ゆっくり堂鍼灸院までの案内図
since 2002.12.25 last update 2008.9.29
1